【第1回】燗酒入門| 温度で変わる日本酒の魅力

【第1回】燗酒入門| 温度で変わる日本酒の魅力

「燗酒(かんざけ)」は、日本酒を人肌以上に温めて楽しむ、日本ならではの飲み方です。一般的には、30℃以上に温めた日本酒を燗酒と呼び、常温酒や冷酒とは区別されます。日本酒を温める行為は「燗をつける」といい、燗をつけた酒を「燗酒」と呼びます。

燗酒の魅力は、なんといっても温度によって変化する香りや味わいにあります。冷やした時には感じられなかった米の旨味や麹の香りが、温めることで優しく広がり、口当たりもまろやかになります。

日本酒を温めて飲む燗酒は、奈良時代から親しまれてきた伝統的な楽しみ方です。江戸時代には一年中燗酒を飲むのが当たり前で、当時の人々にとってはごく日常的なものでした。冷蔵技術の進化とともに冷酒が広く飲まれるようになりましたが、近年では燗酒の魅力があらためて見直され、「体にやさしい日本酒の楽しみ方」としても注目を集めています。

日本酒の温度別の呼び名と味わいの特徴とは?

日本酒は、わずか5℃の温度差でも香りや味わいが大きく変化するため、温度ごとに細かな呼び名が伝統的に使い分けられてきました。こうした繊細な温度管理は、燗酒文化ならではの魅力のひとつです。

日向燗(ひなたかん)
約30〜35℃の最も低い温度帯で、ほのかな温もりを感じる程度です。この温度では日本酒の繊細な香りが優しく立ち上がり、甘みや旨味がほんのりと顔を覗かせます。冷やでは隠れていた風味が、そっと表に現れてくる温度といえるでしょう。

人肌燗(ひとはだかん)
約35〜37℃で、その名の通り人の肌ほどの温度です。米や麹由来の香りが感じやすくなり、味わいにふくらみが出始めます。冷やの時のキリッとした印象から、まろやかで優しい口当たりへと変化していく転換点の温度帯です。

ぬる燗(ぬるかん)
約40℃で、多くの日本酒愛好家に愛される温度です。この温度になると香りが豊かに開き、日本酒の甘みや旨味が前面に現れます。口当たりも滑らかで柔らかな印象となり、「味が開く」と表現される状態になります。

上燗(じょうかん)
約45℃でしっかりと熱を感じる温度帯です。香りが引き締まり、適度なキレが生まれて甘味よりも辛口の印象が強まります。料理との相性も良く、特に和食の温かい料理と合わせると絶妙のマリアージュが生まれます。

熱燗(あつかん)
約50℃の熱めの温度で、キレが一層増して全体的に辛口に感じられます。香りもシャープになり、アルコールの刺激がやや立ちますが、その分キリッとした飲み口で体を芯から温めてくれます。

飛び切り燗(とびきりかん)
約55℃の最も高い温度帯で、非常に辛口が際立ちます。ここまで熱すると香り成分は飛びやすくなりますが、キレ味が極まった力強い飲み口を楽しめます。

このように、日本酒は温度を変えることで全く異なる表情を見せます。一本の酒で複数の味わいを楽しめるのは、燗酒の大きな魅力といえるでしょう。

燗酒に向く日本酒とは?温めておいしさが引き立つ酒の特徴

すべての日本酒が燗酒に適しているわけではありません。一般的に燗酒に向くとされるのは、米の旨味やコクがしっかり感じられるタイプの日本酒です。「燗映えする酒」「燗上がりする酒」という言葉があるように、温めることで格段に美味しくなる銘柄が存在します。

純米酒
燗酒の代表格といえる存在です。米だけで造られた純米酒は、温めることで米本来の旨味が一層引き出され、奥深い味わいに変化します。特に醇酒タイプと呼ばれる低香気でコクのある純米酒は、40℃前後のぬる燗にすることで豊かなコクが引き立ちます。

本醸造酒
比較的すっきりした飲み口ですが、45〜55℃の上燗から熱燗にすることでキレの良い辛口感が増し、料理との相性も抜群になります。純米酒がぬる燗向きなら、本醸造酒は上燗から熱燗向きという傾向があります。

山廃仕込みや生酛造り
これらは伝統的な製法により酸味や旨味が豊かで、常温でも力強い味わいを持ちますが、適度に温めると一層まろやかになり、熟成香がふくらんで複雑な旨味を楽しめます。

長期熟成酒(古酒)
燗酒愛好家に愛されるタイプです。熟成による深い味わいが、温めることでさらに円熟味を増し、常温では感じにくい奥行きのある風味が現れます。

一方、フルーティーな吟醸香を持つ吟醸酒や大吟醸酒は、繊細な香りが飛びやすいため、従来は燗には不向きとされてきました。しかし最近では、「ぬる燗で香りが立つ」とラベルに記載する蔵元も増えており、必ずしも高級酒を温めることがタブーではなくなってきています。

燗酒の健康効果 – 体に優しい日本酒の飲み方

燗酒は、アルコールの吸収がスムーズで、身体にやさしい飲み方とされています。アルコールは人間の体温に近い温度の方が吸収されやすい性質があり、冷たい酒は胃腸を冷やしてしまうため、吸収が始まるまでに時間がかかることがあります。一方、燗酒は体温に近いため、胃腸への負担が少なく、消化器での吸収がゆるやかに進むことで、少量でも心地よい酔いを感じやすくなります。

その結果、深酒をしにくくなるというメリットもあります。実際に「燗酒は身体が疲れにくく、翌日も楽だった」と感じる人も多く、適量で満足できるため、二日酔いになりにくいとも言われています。さらに、温かい酒は体内の血行を促進し、代謝が活性化することで胃の働きも助けられ、消化をサポートしてくれるとされています。

現代に息づく燗酒の魅力

近年、燗酒は再び注目を集めるようになっています。昔は燗酒といえば、年配の方が好む酒という印象がありましたが、今では若い世代の間にもその良さが広まりつつあり、スタイリッシュに燗酒を楽しめる飲食店も全国に増えています。

若者の間で燗酒が見直されている背景には、「体にやさしいお酒」としての側面があります。燗酒は冷酒に比べて体への負担が少なく、飲んでも疲れにくい、翌日に残りにくいと感じる人も多く、健康志向のライフスタイルとも相性が良いようです。

また、燗酒への関心は訪日外国人の間でも高まりを見せています。ワインなど海外の酒にはあまり見られない“温度で楽しみ方が変わる”という特性が、ユニークな日本文化として評価されつつあります。香りや味わいが温度によって変化する燗酒は、海外の人々にとっても新鮮な驚きを与えているようです。

このように、現代の燗酒シーンは若者の再評価やインバウンド需要という追い風を受け、新たな広がりを見せています。「熱燗=おじさんの酒」というイメージは過去のものとなりつつあり、これからは年齢や国籍を問わず、多くの人が燗酒を通じて心も体も温まるひとときを楽しむ時代が訪れているのかもしれません。

一覧に戻る