【第2回】燗酒の歴史と文化|奈良時代から続く日本酒の温め方の原点
奈良時代にさかのぼる、燗酒のはじまり
燗酒(かんざけ)は、日本酒を人肌以上に温めて楽しむ、日本ならではの飲み方です。その起源は非常に古く、奈良時代にまでさかのぼるといわれています。
日本最古の和歌集『万葉集』には、酒粕を湯で溶かした「糟湯酒(かすゆざけ)」を飲んで寒さをしのぐ場面が詠まれており、当時すでに酒を温めて飲む習慣があったことがうかがえます。
さらに平安時代には、嵯峨天皇が狩猟の折に「煖酒(あたためざけ)」をふるまわれ、その温かさと美味しさを称賛したという記録も残されています。また、宮中行事では、秋から春にかけて燗酒用の炭が支給される制度があり、温めた酒が季節の楽しみとして浸透していたことも記録されています。
このように、燗酒は単なる飲み方にとどまらず、暮らしの中の風習や年中行事と深く結びついてきました。寒さをしのぐ知恵であると同時に、心と身体を温める文化として、日本人の生活に根づいてきたのです。
江戸時代に根づいた、庶民の燗酒文化
燗酒が庶民のあいだで日常的に楽しまれるようになったのは、江戸時代に入ってからのことです。宣教師ルイス・フロイスは「日本人はほとんど一年中、酒を温めて飲んでいる」と記しており、当時すでに燗酒が広く普及していたことがわかります。
江戸の町には、燗酒を提供する居酒屋が数多く登場しました。店では「燗銅壺(かんどうこ)」と呼ばれる湯煎用の器具に徳利やちろりを入れて酒を温め、そこからお猪口に注いで提供するのが一般的なスタイルでした。
また、煮物や焼き魚、漬物といった家庭的な料理が燗酒の肴として親しまれるようになり、食と酒の文化が密接に結びついていきました。燗をつけて味わうという行為は、単に寒さをしのぐだけでなく、料理との相性や体へのやさしさといった面でも、庶民の暮らしに根づいていたのです。
さらに、江戸時代の健康書『養生訓』では、冷たい酒は身体を冷やすため健康によくないとされ、温めて飲むことが推奨されていました。燗酒は、冬の寒さをやわらげるだけでなく、体内の巡りを整えるという実感に基づいた、生活の知恵でもあったのです。
会津に息づく、燗酒のある風景
福島県・会津地方にも、燗酒の文化は深く根づいています。冬の寒さが厳しいこの地域では、保存食や発酵食品を使った郷土料理が豊富で、そうした料理には、旨味や酸味のしっかりとした純米酒や本醸造酒、そして温めることで真価を発揮する燗酒がよく合います。
たとえば、身欠きニシンの山椒漬け、棒ダラの煮物、馬刺しなど、会津の伝統的な料理と燗酒との相性は抜群です。酒を温めることで香りや旨味がふくらみ、料理との一体感が生まれます。冬の夜、火鉢や囲炉裏で徳利を温めながら、家族や仲間と一緒に燗酒を楽しむ──そんな情景は、今もこの地の暮らしの中に息づいています。
さらに近年では、蔵元自らが「この酒はぬる燗で飲むのがいちばん旨い」とラベルに記すような商品も登場しており、若い世代の間でも燗酒への関心が高まっています。地元の居酒屋や酒販店では、ぬる燗・上燗・熱燗といった温度ごとの違いを楽しめるような提案も増えており、燗酒文化は今も進化を続けています。
器とともに楽しむ、燗酒の奥ゆかしさ
燗酒の文化は、酒そのものを味わうだけでなく、それを支える道具や器の文化とも深く関わっています。江戸時代には、錫や銅で作られた「ちろり」や、陶器製の徳利が一般的に使われており、火鉢や囲炉裏の湯で酒をじっくり温めて楽しんでいました。
酒をちょうどよい温度に仕上げるためには、器の素材や厚み、熱の伝わり方といった要素が味に大きく影響します。たとえば、錫製のちろりは熱伝導率が高く、酒を素早く温めることができるため、味わいがまろやかになると言われています。こうした道具は、現在でも一部の飲食店で使われており、職人の技が生きる道具として大切に受け継がれています。
さらに、酒器の形や口の広さによっても、香りの立ち方や口当たりが変わります。器の違いが味わいや香りに微妙な影響を与えるため、酒の個性や温度帯に合わせて器を選ぶことも、燗酒を楽しむ大きな魅力のひとつです。
このように、燗酒を味わうという行為には、「酒を温め、器を選び、香りを感じながらゆっくりと味わう」という一連の丁寧な所作が含まれています。単に酒を飲むだけでなく、手間をかけて楽しむことで得られる深い満足感──それもまた、燗酒の奥深さといえるでしょう。
まとめ
燗酒は、奈良時代の宮廷文化から江戸の庶民の暮らしに至るまで、日本人の生活とともに育まれてきた酒文化のひとつです。温めることで引き出される香りや味わいは、単なる嗜好品にとどまらず、食や器、暮らしの所作と深く結びついています。
冷やしても美味しいけれど、温めればまた別の表情を見せてくれる──それが燗酒の奥深さです。これからの季節、歴史や文化に思いを馳せながら、温かい一杯を手にとってみてはいかがでしょうか。