3秒で友達になる居酒屋「盃爛処」がつくる日本酒の縁

3秒で友達になる居酒屋「盃爛処」がつくる日本酒の縁

「日本酒は“めちゃくちゃ人を繋げる”優秀なアイテムなんです」

「同じ日本酒でも“出す順番”や“注ぎ方”次第で味は大きく変わる」
会津の街角に店を構えるこちらの居酒屋は、オーナーの深い日本酒愛と人を想う優しさにあふれた特別な空間です。「会津の酒と共に生きよう」と決意し、「かずさん」と呼ばれ、若い蔵元たちからも慕われる存在の『盃爛処』のオーナーに日本酒への深いこだわりについてお話を伺いました。

メニューがない居酒屋? 会話が“メニュー”になる理由

このお店の特徴の一つは料理やお酒のメニューが置いていないこと。普通であれば「何を頼んだらいいかわからない」と不安になるところですが、ここではむしろ、オーナーのかずさんがお客様に声をかけるきっかけになっています。
 
かずさんは、来店されたお客様一人ひとりと会話をしながら、出身地、お客様の好みやその日の気分、そして飲み仲間との人数構成などを把握していきます。

「この“会話こそがメニュー”だと考えています。紙に印刷した定番リストではなく、そのときのお客様の体調や好み、さらに今まさにコンディションが良い酒の状態などを総合的に見極め、一番喜んでもらえる一杯を提案したい。だからこそ、あえて“メニューを作らない”というスタイルに行き着きました。」

「同じ日本酒でも“出す順番”や“注ぎ方”次第で味は大きく変わる。お客様の舌の状態や、どんな料理を合わせて食べているかでも、酒の印象はガラリと変わるんです。」

日本酒が本来もつポテンシャルを最大限に発揮させるため、そして何よりお客様一人ひとりに寄り添った“ベストな出し方”を追求するためには、お客様との言葉のキャッチボールが必要不可欠だとかずさんは語ります。

多彩な銘柄を「五勺」で楽しむ——“差しつ差されつ”の温かさ

このお店のもう一つの大きな特徴が、多様な日本酒を「満遍なく」取り揃えている点。辛口・甘口・香り高いタイプや酸味が際立つものなど、とにかく幅が広いのです。それもそのはず、「観光で初めて会津を訪れた人」「地元の仲間と飲み比べをしたい常連さん」「県外の友人を連れてきた人」など、来店理由は実にさまざま。どんなお客様にも“その人に合った一杯”を出すには、バリエーション豊かな日本酒のストックが必要になります。

そこに欠かせないのが、オーナーが試行錯誤の末にたどり着いた「五勺(ごしゃく)銚子」での提供です。一合(180ml)のちょうど半分、約90mlの分量でお銚子に入れて出してくれます。少量だからこそ、たくさんの銘柄を試すことができ、一人での来店でも思う存分“飲み比べ”が楽しめる。と同時に、オーナーが大切にしたい“差しつ差されつ”という日本酒独特の文化も失われません。グラスに注ぎ分けるのではなく、お猪口を合わせながらお互いについでもらう。そこには自然と会話が生まれ、人と人の距離がぐっと縮まります。

「3秒でお友達になりたい」——人を繋げる小さな仕掛け

会津という土地ならではの“人情味”に溢れたこのお店では、お客様同士が自然と仲良くなってしまう光景をしばしば目にします。オーナー自身も「日本酒はめちゃくちゃ人を繋げるお酒」と表現し、実際に、一人で来店した人が隣の席の人たちとすぐに打ち解ける姿が日常的に起こるそうです。

たとえば、焼き立ての卵焼きを複数人にふるまうとき、「お一人だと食べきれないのでシェアしてみては?」とさりげなく促します。すると、「どこから来られたんですか?」「今日は観光ですか?」という会話が自然に生まれ、「3秒で友達!」とでも言わんばかりのテンションでお客様同士が打ち解け始めるのです。昨日までは赤の他人同士だったお客様同士が、連絡先を交換し、一緒に記念写真を撮ることが当たり前のように繰り返されます。

オーナーは、この“人と人を繋げる空気づくり”を何より大事にしているそうです。「ちょっと一言かける」「少しだけシェアを促す」どれも些細なことですが、お互いの心のハードルを一気に下げる絶妙な“仕掛け”なのです。そんな店主の人柄があるからこそ、日本酒というツールが、より強い“繋がり”を生み出しているのかもしれません。

父の跡を継いで——困難を乗り越えた“泥臭さ”が生む温かさ

オーナーが店を継いだのは、お父様が突然倒れたのがきっかけでした。もともとお父様と一緒に店をやっていた期間はわずか2年半ほど。その後、お父様が亡くなったことで、一気に料理も日本酒も、店の経営も学ばなければならない状況に。最初の頃は刺身ひとつまともに下ろせず、お客様に「実はまだ上手くできないんです」と素直に打ち明けながら、教わるようにして腕を磨いていったそうです。他の居酒屋を回っては刺身の盛り付け方を観察し、家に帰って練習を繰り返す、まさに“泥臭い”努力を積み上げていきました。

そんな経験を通じて学んだのは、「わからないことは素直にわからないと伝えること」そして、お父様も大事にしていた「お客様との距離を大切にすること」でした。

お父様の時代を知る京都のお客様がお店を訪れた際、お父様が亡くなったことをオーナーが伝えると、お客様が以前に撮影したお父様とオーナーが珍しく2人で店先に立つ写真を印刷して額縁に入れて2つ持ってきてくれたそうで、1枚は今も店内に飾られています。このお客様とは今もお付き合いが続いているそうです。

初心者にも開かれた日本酒の魅力——舌の使い方から“加点式”の楽しみ方まで

「日本酒を飲むとき、舌先だけで味わうと甘味ばかりを感じてしまう。舌全体を使い、少し空気を含ませるように飲むことで、酸味や旨味のグラデーションがはっきりわかるんです」オーナーはこうした日本酒の基本的な飲み方も、優しく丁寧に教えてくれます。「日本酒をもっと気軽に楽しんでほしい」という思いが原動力になっているそうです。

「ネガティブな表現を使わず、良い部分を見つけて“加点方式”で味わうことの大切さ」も強調している点です。「雑味があるな」という言い方をするのではなく、「こういう香りや深みもあるんだな」「辛口だけどちゃんと旨味が残るね」と、ポジティブに味を捉えていく。そうすることで、同じお酒が不思議と美味しく感じられ、新たな発見に繋がることも多いのだとか。

初めて日本酒に触れる人にも敷居を高く感じさせないよう、作り方や温度管理の難しい話から入るのではなく、「とりあえずレンジ燗で楽しんでみて」「温度をちょっと変えるだけでも味が違うよ」と、身近なところから伝えようとする、ここにも、オーナーの“おもてなし”精神があふれています。

一杯に込める“愛情”と“可能性”——あなたもきっと惹かれるはず

“メニューがない”“五勺銚子で提供”“3秒で友達になれる仕掛け”……どれをとっても異色ですが、それらすべてはオーナーが「お客様にもっと日本酒を楽しんでほしい」「蔵元が本当に望む形で酒を届けたい」と願う気持ちから生まれたもの。人と人との間に生まれる空気を大切にしながら、同じテーブルに座った人たちがあっという間に仲良くなれる雰囲気を作るかずさん。
父から受け継いだ泥臭い努力、どんな状況でもお客様に寄り添う温かな人柄。これらがひとつになり、“味のわかる出し方”や“出す順番”まで徹底的にこだわりぬくことで、このお店は“唯一無二”の存在感を放っています。
もし会津の地を訪れる機会があれば、ぜひこの店の暖簾をくぐってみてください。

「今日の気分はどんな感じですか?」

その日その時、最高のコンディションで提供される日本酒に舌鼓を打ちながら、知らない隣人と笑い合う——そんなかけがえのない体験が、あなたを待っています。

ブログに戻る